人的資本とは?個人の価値を高めて企業が競争力を得るための基礎

人的資本

人的資本とは、個人の知識や経験、スキルなどを包括的に価値と捉え、これを組織や社会全体の成長の推進力とみなす考え方です。

個人を人数分の労働力としてカウントするのではなく、個人が有する知識や、スキルなども価値ととらえていることがポイントで、学習などによりその価値を高めることができます。

労働市場の変化や技術革新による競争の激化により、近年では人的資本を活用した経営に注目が集まっています。

しかし、具体的にはどのような要素が含まれているのか、価値を高めるためにはどのようなことを行えばよいのかわからないという方も多いのではないでしょうか。

そこで本記事では、人的資本の基礎や、注目されている背景、人的資源との違い、構成要素、高めるための方法などの情報を一挙に紹介します。

人的資本の基礎をおさらいしたい方は、ぜひご一読ください。


目次

人的資本とは?

人的資本は、個人の知識、スキル、経験、健康などが経済的価値を持つという考え方です。

これらの要素が組織や社会全体の生産性、イノベーション、経済成長を促進するため、ビジネスと経済の両面で重要視されています。

経済学では、人的資本は物理的資本(例えば機械や建物)や金融資本と並んで重要な資源とみなされています。しかし人的資本はその性質が異なり、教育や訓練に投資することで増やすことができ、時間をかけて発展し続けるものです。

この性質から人的資本の考え方は近年の企業や経営において注目されており、従業員の能力やモチベーションを高めることで生産性の向上や、企業の競争力強化、長期的な成功を支える要素となると考えられています。


人的資本が注目される背景にある4つの要因

人的資本の考え方が登場したのは1950年ごろですが、その概念がビジネスで注目・活用される様子を目にするようになったのは2000年以降です。

そこには以下4つの要因があると考えられます。

1.グローバル経済の成長と技術革新によって従業員に求められるレベルが上がった

グローバル経済の拡大と技術革新の進展は、企業にとって新たな挑戦を生み出しています。これに対応するため、従業員には以前よりも高いレベルのスキルと適応能力が求められています。

物理的資本だけでは不十分で、訓練されモチベーションが高い人的資本の重要性が高まっています。

このため、新技術の導入や適応、革新的なアイデアの創出、そして市場での競争優位性を維持するためには、質の高い人的資本が必要不可欠となっています。

2.少子高齢化や多様化に伴う労働市場が変化から人的資本へ注目が高まった

少子高齢化、働き方の多様化、リモートワークの普及、フリーランスや契約労働者の増加など、労働市場の構造が変化しています。

企業はこれらの変化に対応するため、従業員を引き付け、維持し、モチベートする新しい戦略が必要です。

人的資本への投資は、従業員の満足度とエンゲージメントを高め、このような変化に対応する鍵となります。

3.企業の社会的責任や倫理への関心が高まっている

近年、企業の社会的責任(CSR)と倫理的なビジネス慣行への関心が高まっています。消費者、投資家、そして従業員自身が、企業が社会に対して持つ責任について、より意識的になっています。

人的資本への投資は、従業員の福祉向上、公平な労働条件の提供、教育と発展の機会の創出といった形で、企業がその社会的責任を果たす方法の一つとなります。

これは、企業のブランド価値と評判を高め、長期的にはビジネスの成功に貢献すると考えられています。

4.経済的不平等の緩和

人的資本への投資は、教育や職業訓練を通じて、社会的および経済的不平等を緩和する効果も期待されています。

特に、低所得層の人々に対する教育とスキルアップの機会の提供は、これらの個人がより高い収入を得る職に就くための重要なステップです。

企業が従業員の能力開発に投資することで、より公平な社会と経済の成長を促進することが可能となります。


人的資本と人的資源の違い

人的資本と人的資源は、しばしば混同されがちな用語ですが、ビジネスと経営の文脈で重要な違いがあります。

人的資本は、個人の教育、スキル、知識、経験といった属性が形成する経済的価値を指します。これらは個人が持つ資質であり、組織や社会の生産性向上に貢献する能力とみなされます。

人的資本の強化は、教育や継続的な学習、健康管理によって個人レベルで進められ、結果としてその人の労働市場価値を高めることができます。

一方で、人的資源は、組織が管理する労働力の総体を指します。人的資源管理は、採用、研修、パフォーマンス管理、報酬設計といったプロセスを通じて、組織内の個々の従業員やチームの能力を最大化することに焦点を当てています。

人的資源の目的は、組織の戦略的目標達成を支援するために、適切な人材を確保し、育成し、維持することにあります。

項目人的資本人的資源
定義個人の教育、スキル、知識、経験が形成する経済的価値組織が管理する労働力
増やす方法教育、健康管理、スキルアップを通じた個人の自己発展採用、研修、パフォーマンス管理、報酬設計を通じた組織による投資

人的資本は個人の内部に存在する価値であり、その人が持つ能力や知識を指します。対照的に、人的資源は組織の視点から見た労働力全体を扱います。

また人的資本は、教育や健康、スキルアップを通じて個人が自ら高めるものです。人的資源の発展は、組織が従業員に対して行う投資や管理戦略によって進められます。

このように、人的資本は個人が持つ能力や知識の蓄積を指し、個人の成長と発展に重点を置く一方で、人的資源は組織がその労働力をどのように管理し、組織の目標達成に向けて活用するかに焦点を当てた概念です。

どちらの見方が正しい、間違っているということはありませんが、この二つを文脈や状況に応じて使い分けましょう。


人的資本の経済成長における役割と、企業レベルでの価値

経済成長と企業の成功において、人的資本は中心的な役割を果たします。ここでは、人的資本が経済成長にどのように貢献し、企業レベルでどのような価値を持つのかを解説します。

経済成長における役割は、安定と繁栄を支える「推進力」

人的資本は経済成長の主要な推進力の一つです。

教育やスキル開発により高められた労働力は、生産性の向上、技術革新の促進、そして新たな産業の創出を可能にします。

高度に教育され、技能を有する人材は、経済の多様化と競争力の向上に不可欠であり、これにより国のGDPの成長が促進されます。

また、人的資本への投資は、高収入の雇用機会の創出や社会的移動性の向上に貢献し、長期的な経済的安定と繁栄を支えます。

企業レベルでの価値は、競争力の源泉

企業レベルでは、人的資本は組織の成功と競争力の源泉です。従業員のスキル、知識、創造性は、製品の革新、顧客サービスの質の向上、市場での競争優位性の確立に直接影響を与えます。

効果的な人的資本の管理と発展は、組織の適応能力を高め、変化する市場の要求に応じた戦略の策定につながります。

さらに、従業員への投資は、働きがいや職場の満足度を向上させ、優秀な人材の引き付けと保持につながります。

これらの結果として、企業の生産性と収益性が向上し、持続可能な成長を期待することができます。


人的資本を重視した大手企業3社の事例

グローバル化に対応したアステラス製薬の取り組み

アステラス製薬は「変化する医療の最先端に立ち、科学の進歩を患者さんの価値に変える」というビジョンのもと、2021年度からこれまで以上に「人」の力を活かせる組織への成長を目指しています。

具体的な取り組みは下記のとおりです。

  • 社内公募制度により、国籍や性別に関係なく最適な人材を適切なポジションに配置
  • グローバルな後継者育成計画で持続的な適所適材を実施
  • 上司、同僚、部下による多角的な評価制度を導入

グローバル化が進むアステラス製薬では、「適所適材」に着目した持続可能な人材育成と社員の自己実現を図っています。その人の能力に合った職務を提供するのではなく、その職務にふさわしい人を登用するという考え方で登用しています。

また、グローバル共通のジョブポスティングシステム(社内公募制度)を導入することで、より広い視野から、個人の意思・能力・適性に応じたキャリアを形成する環境を整備しています。

参考:「人」の力が価値をつくりだす~アステラスHRの新たな挑戦~

中長期的な企業価値向上を目指すKDDIの取り組み

電気通信事業者であるKDDIは、人的資本経営コンソーシアムに参加し、事業部門経験者の登用や人材データの分析で経営との連携を強化しています。

具体的な取り組みは以下が挙げられます。

  • 人的資本経営コンソーシアムに参加し、企業間協力や情報開示を強化
  • 事業部門経験者の登用や人材データの分析を通じて経営と事業の連携を強化
  • DX化により多様な人材が活躍できる職場づくりの推進

KDDIは、企業理念である「豊かなコミュニケーション社会の発展」に貢献するために、社員の多様性の確保や人的資本経営の実践および開示に関する取り組みを行っています。
自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、デジタルトランスフォーメーションを推進により多様な人材が活躍できる職場環境を整えることで、中長期的な企業価値向上を目指しています。

参考:人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出す「人的資本経営コンソーシアム」に入会

働きがいを重視した伊藤忠商事の取り組み

非資源事業を中心に幅広い分野を取り扱う伊藤忠商事は、「厳しくとも働きがいのある会社」の実現を軸に、現場主義を徹底したもとで、全社員が能力を最大限に発揮できる職場環境の整備に注力しています。

具体的な取り組みは下記のとおりです。

  • 企業所内託児所「I-Kids」の開設による育児休業後の復帰支援
  • 20時以降の残業を原則禁止とし、「朝型勤務制度」を導入
  • 「伊藤忠健康憲章」など健康・安全に関する施策を推進

伊藤忠商事株式会社の人材戦略は、社員の「働きがい」を重視し、少数精鋭で高い成果を追求しています。徹底した現場主義という考えのもと実施された「働き方改革」では、お客様との商談の準備等を行う時間を確保し、効率的に働くことを目的とした早朝勤務を推奨しています。
また、女性活躍推進やキャリア形成支援といった取り組みにより、社員のモチベーションと生産性向上を目指し、企業価値の向上につなげています。

参考:特集1:企業価値向上に繋がる人材戦略


人的資本の構成要素

人的資本は、個人の知識、スキル、健康、および経験の集合体であり、これらの要素が組み合わさって個人の生産性と経済的価値を形成しています。

ここでは、人的資本の構成要素の一例をご紹介します。

教育

教育は、基本的な読み書き能力から専門的な技術や理論知識に至るまで、幅広い範囲の知識とスキルの獲得を可能にします。教育レベルの高い労働力は、より高度な仕事を効率的にこなすことができ、経済全体の生産性向上に寄与します。

スキルと能力

スキルには、特定のタスクを遂行するために必要なテクニカルスキルや、チーム内で効果的に働くために必要なコミュニケーションや協調性などのソフトスキルがあります。

また、リーダーシップ能力は、チームや組織を導き、目標達成を促進する上で重要です。これらのスキルと能力は、個人が仕事の場で成功するために不可欠です。

健康

健康は、労働市場で活動的であるための基本条件です。良好な身体的および精神的健康は、高い生産性と効率性を維持するために必要であり、職場でのパフォーマンスと満足度に直接影響を与えます。

健康への投資は、病気の予防と早期発見、ストレス管理などを通じて、労働力の質と持続可能性を高めます。

経験

実務経験は、個人が学んだ知識を実際の職場環境で適用し、具体的なスキルを発展させます。

経験を積むことで、個人はより複雑なタスクを効率的にこなすことができるようになり、新たな課題に対する適応能力を高めます。

社会的スキル

効果的なコミュニケーション、チームワーク、対人関係の構築能力などの社会的スキルもビジネスには不可欠です。

これらのスキルは、協力して目標を達成し、職場の調和を保つために重要であり、組織の効率性と生産性の向上に貢献します。

モチベーション

個人の内発的な動機づけは、目標に向かって努力し、課題に取り組む意欲を生み出します。

高いモチベーションを持つ従業員は、自己実現を追求し、積極的に学習し成長する傾向があり、これが組織全体のパフォーマンス向上につながります。

エンゲージメント

従業員が自らの仕事や組織に深く関与し、コミットする度合いを指します。

高いエンゲージメントを持つ従業員は、自分の仕事に意義を見出し、組織の目標達成に向けて積極的に貢献する傾向があり、労働生産性の向上、離職率の低下、そして職場のポジティブな文化の醸成に繋がります。

創造性

新しいアイデアや解決策を生み出す創造性は、革新的な製品やサービスの開発、業務プロセスの改善、競争優位性の確立には欠かせません。

創造的な従業員は、変化する市場のニーズに対応し、組織を成長させる新たな機会を見出します。

適応性

変化に対する柔軟な対応能力を指します。

適応性の高い個人は、新しい技術の導入、市場の変動、組織内の変化など、様々な状況に迅速に適応・対処することができます。

この能力は特に、不確実性の高い環境で成果を出すうえで重要です。


人的資本の価値を高める3つの方法

人的資本の管理と発展は、組織の成功と持続可能な成長には欠かせません。

具体的には、効果的な人材管理戦略の採用、継続的な学習とスキルアップの促進、働きがいと従業員満足度の向上などのアクションを行うことで人的資本の価値を高めることができます。

1.戦略的に人材管理を行う

組織が人的資本を最大限に活用するためには、明確で一貫した人材管理戦略が不可欠です。

適切な人材の採用、適正な配置、パフォーマンスの評価、適切な報酬と認識を提供したり、従業員の能力を認識し、それを組織の目標達成に向けて適切に活用したりすることで生産性の向上を目指します。

他にも、定期的なフィードバックとキャリア発展の機会を提供することで、従業員のモチベーションを維持したり、長期的なエンゲージメントを促進します。

2.継続的な学習とスキルアップを促進する

技術の進歩と市場の変化に適応するためには、継続的な学習とスキルアップが必要です。

オンラインコース、ワークショップ、セミナー、メンタリングプログラムなどを通じて、従業員のスキルと知識の向上を支援しましょう。

また、個々の従業員に合わせたパーソナライズされた学習計画を提供することで、彼らの能力とキャリア目標に最も適した成長の機会を確保することができます。

このような環境を整えることで、組織はイノベーションを促進し、競争力を維持することができます。

3.働きがいと従業員満足度を向上する

働きがいのある職場環境と高い従業員満足度も、人的資本の発展に欠かせない要素です。

従業員が自分の仕事に意義を感じ、職場での自分の役割に満足している場合、生産性と創造性が向上します。

組織は、従業員の意見を聞き、職場の改善に彼らを積極的に取り入れたり、健康的で相互サポートを行う職場文化を促進したり、ワークライフバランスを尊重する政策を実施することで、従業員の満足度や忠誠心を高めることができます。

参考:従業員満足度(ES)とは?明日から始められるES向上の5つのポイント│LISKUL
   従業員エンゲージメントとは?エンゲージメントを高めるメリットと具体的な調査方法│LISKUL


人的資本に関連した政府の取り組みや標準

最後に、人的資本の活用を促進するために政府が取り組んでいることや、世界的な標準をご紹介します。

上場企業の人的資本に関する情報開示が義務化された

2023年3月に政府は、上場企業などを対象に人的資本経営に関する情報の開示を義務化しました。

有価証券報告書に記載欄が設けられ、対象の企業は従業員育成の方針や、そのための環境整備に関する情報を記載する必要があります。

これは人的資本の可視化や活用を促進するものであり、政府としても人的資本を重視していることが伺えます。

この取り組みの詳細については以下のドキュメントをご覧ください。

参考:人的資本可視化指針/内閣官房

世界的な人的資本のガイドライン「ISO 30414」

ISO 30414は、2018年に国際標準化機構が発行した「人的資本の報告」に関するガイドラインです。

この標準は、組織が人的資本に関する重要な情報を内外部のステークホルダーに透明かつ一貫性のある方法で報告できるように設計されています。

具体的には、従業員のコスト、人材の多様性と包括性、リーダーシップの効果性、組織文化、従業員の安全と健康、生産性、従業員の獲得と維持など、人的資本管理のさまざまな側面をカバーしています。

これは、投資家やその他の利害関係者が組織の持続可能性や成長潜在力を評価する上で有用なだけなく、組織内部での人材管理戦略の改善にも役立ちます。

またこの標準は、あらゆる規模や業種の組織に適用可能なものとなっています。


人的資本に関するよくあるご質問

人的資本に関する役立つQ&Aをまとめています。

Q.人的資本はどのようにして増やすことができますか?

A.人的資本は、教育や訓練、経験の積み重ね、スキルの向上、さらには健康管理によって増やすことができます。特に、新たな知識を学び、実際の職務で応用することで、個人の能力が向上し、それが組織や社会全体の生産性向上に繋がります。

Q.企業における人的資本の価値とは何ですか?

A.企業にとって人的資本は、競争力を維持し、持続可能な成長を実現するための重要な要素です。従業員の知識やスキルは、製品やサービスの質を向上させ、イノベーションを促進し、顧客満足度を高める役割を果たします。さらに、人的資本を高めることで、企業の収益性向上や市場での競争優位性を確保することができます。

Q.人的資本と健康の関係は何ですか?

A.健康は人的資本の一部であり、身体的および精神的に健康な状態であることは、生産性や業務効率に直接影響を与えます。企業は従業員の健康をサポートすることで、欠勤の減少やモチベーションの向上にも寄与します。

Q.人的資本を企業でどのように評価すべきですか?

A.定量的な業績データやスキル評価、フィードバックを通じて人的資本を測定します。また、従業員の成長やイノベーションへの貢献度も重要です。

Q.人的資本とチームワークの関係は?

A.チーム内の個々の人的資本が高いと、協力がスムーズになり、生産性とイノベーションが向上します。協調力も人的資本の一部です。


まとめ

本記事では、人的資本の基礎や、注目されている背景、人的資源との違い、構成要素、高めるための方法などの情報を一挙に紹介しました。

人的資本とは、個人の知識、スキル、経験、健康などを包含する経済的価値の集合体であり、現代の経営においてその重要性が高まっています。

人的資本の管理と発展には、戦略的な評価、人的資本戦略の策定、継続的な学習とスキルアップ、働きがいと従業員満足度の促進が欠かせません。

また、人的資本の活用を促進するために政府も上場企業への人的資本開示義務を設けたり、ISOによる世界的な標準が作られたりしています。

人的資本は、組織がその最も貴重な資産である人材のポテンシャルを最大限に引き出し、持続可能な競争力を維持するためには欠かせないものであり、経済や労働市場の変化に適応するために今後も重要性が高まると考えられます。

さいごに、本記事で紹介した情報が、企業の成長を促進したい経営者やHRマネージャーにとって、人的資本の価値を最大化する一助となれば幸いです。

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