多角化戦略とは、企業が既存の事業領域外の新たな市場や製品領域への進出する経営戦略のことです。
多角化戦略を行うことで、事業リスクを分散したり、新市場での成長機会を得ることが期待できます。
一方で、経営の複雑化や、リソースの分散、文化の衝突などのリスクも存在するため、実行の際には、市場の理解やリソース配分などいくつかのポイントに気を付ける必要があります。
そこで、本記事では、多角化戦略の基礎や、メリット・デメリット、4つの種類と特徴、進め方、成功のポイント、注意点、事例などの情報を一挙に紹介します。
多角化戦略にお悩みの方は、ぜひご一読ください。
目次
多角化戦略とは
多角化戦略は、企業が既存の事業領域外に新しい製品やサービスを展開することを指します。
たとえば、既存の市場に新製品を導入したり、既存の事業とは異なる新しい市場に進出することで収益の源泉を多様化したり、単一市場や製品に依存するリスクを軽減することができます。
しかし、多角化戦略にはリスクも伴います。新しい事業領域への進出は、既存の事業とは異なる管理や専門知識を必要とするため、経営の複雑さが増す可能性があります。
また、新事業への過度な投資は、経営資源の分散を招き、既存事業の成長を妨げる可能性もあります。
多角化戦略を成功させるためには、適切な市場調査や、多角化の利点とリスクを慎重に評価したり、自社に適したアプローチを選択する必要があります。
多角化戦略は、ハイリスク・ハイリターンの戦略に分類される
多角化戦略はハイリスク・ハイリターンの戦略とされています。これは、イゴール・アンゾフが提唱した成長マトリクスに基づく考え方です。
成長マトリクスは市場の成熟度と製品の新規性を軸にして、事業成長戦略を4つのカテゴリー(市場浸透、市場開発、製品開発、多角化)に分類します。この中で、多角化は新しい市場で新しい製品やサービスを提供する戦略であり、他のカテゴリーよりも高いリスクとリターンを伴うとされています。
多角化戦略と集中戦略の違い
特徴 | 多角化戦略 | 集中戦略 |
---|---|---|
目的 | 市場や事業のリスク分散、成長の機会拡大 | 特定の市場セグメントや製品ラインでの競争力向上 |
アプローチ | 異なる市場や製品領域への投資 | 特定の市場セグメントや製品ラインへのリソース集中 |
リスク管理 | リスク分散により市場変動の影響を低減 | 高い市場変動への脆弱性、しかし一つの領域における専門性を深める |
成長戦略 | 異なる分野での新たな成長機会を追求 | 特定の領域における深い専門知識や効率性により成長を目指す |
管理の複雑性 | 多様な事業活動による管理の複雑性が増加 | 比較的単純な構造により管理が容易 |
リソース配分 | 多様な事業や製品への均等または戦略的な配分 | 特定の分野にリソースを集中 |
市場の依存度 | 個別市場や製品への依存度が低下 | 特定の市場や製品に高度に依存 |
企業の柔軟性 | 変化に対する適応が容易(多様な市場への進出が可能) | 特定の領域への深いコミットメントにより、他の市場への適応が難しい場合もある |
投資リスク | 初期投資が大きいが、リスク分散により失敗リスクを低減 | 高いリターンが期待できるが、市場の変動に弱い |
多角化戦略と集中戦略は、企業の成長とリスク管理に対する異なるアプローチです。
多角化戦略は、異なる市場や製品領域に投資することで市場や事業のリスクを分散させたり、成長の機会を広げることに焦点を当てています。
一方、集中戦略は、特定の市場セグメントや製品ラインにリソースを集中投下することで、その領域での競争力を高めることに重点を置いています。
多角化はリスク分散を促進するが、管理の複雑性を増加させる可能性があり、集中戦略は効率性と専門性を高めるが、市場の変動に対する脆弱性を高める可能性があります。
多角化戦略のメリットとデメリット
多角化戦略は、企業にとって大きな機会をもたらす一方で、それ相応のリスクも伴います。
この章では、多角化戦略を採用する際の主要なメリットとデメリットをご紹介します。
多角化戦略3つのメリット
まずは、多角化戦略の代表的なメリットから見ていきましょう。
1.事業のリスクを分散できる
多角化戦略のメリットのひとつに、事業リスクを分散できることが挙げられます。
複数の事業領域に投資することで、一つの市場の変動が全体の業績に与える影響を軽減することができます。
たとえば、ある事業が不振でも、他の事業が好調であれば、全体の安定性は保たれます。
2.新市場で成長の機会を獲得できる
多角化は、新しい市場や顧客層の開拓を意味します。
これにより、企業は新たな収益源を開拓したり、長期的な成長の基盤を築く機会を得ることができます。
特に成長が止まっている市場や、飽和している市場、競争の激しい業界などに属している場合には、多角化により新しい市場への進出を求められることがあります。
3.事業間でのシナジー効果を期待できる
既存の事業と関連性が高い領域で多角化を行う場合には、異なる事業間でのシナジー効果を期待することができます。
たとえば、技術や顧客基盤を共有することによって、新しい事業が既存事業の資源を活用することができます。
多角化戦略3つのデメリット
次に、多角化戦略の代表的なデメリットを3つご紹介します。
1.経営や管理が複雑化する
多角化の最大のデメリットのひとつに、経営や管理の複雑化が挙げられます。
異なる事業間での調整や統合には多大な労力が必要となることが多く、経営資源の過剰な消費を引き起こす可能性があります。
また、管理の複雑化は意思決定の遅延や効率の低下をもたらすこともあります。
2.リソースが分散する
多角化を行うと、企業のリソースが複数の事業に分散されます。これにより、各事業が最大限の成果を出すのが困難になる可能性があります。
特に、資金や人材などのリソースが限られている場合には、リソースの適切な配分が求められます。
3.企業文化が衝突する可能性がある
異なる事業領域への進出することで、企業文化の衝突を引き起こす可能性があります。
文化は事業領域ごとに形成されることは多く、新しい事業の価値観や運営スタイルが、既存の企業文化と合わない場合には、社内の不和や混乱を招いたり、各業務の効率が低下することも考えられます。
多角化戦略4つのタイプと特徴
特徴 | 水平型多角化戦略 | 垂直型多角化戦略 | 集中型多角化戦略 | 集成型多角化戦略 |
---|---|---|---|---|
説明 | 同じまたは関連する業界に新しい製品やサービスを開発・提供 | 供給チェーンの異なる段階に進出し、コスト削減や効率向上を図る | 特定の市場セグメントやニッチ市場に集中 | 完全に新しい業界に進出 |
目的 | 既存の顧客基盤や技術を活用し、新たな収益源を生み出すこと | 企業の各工程を管理や改善し大きな利益を得ること | 特定の顧客層や特殊なニーズに特化し、競争優位を築くこと | 新市場での大きな利益の可能性 |
例 | 食品会社が異なる種類の食品市場に進出 | 製品の製造から販売までの一連の活動へ参入 | 高級品市場に特化 | 電子機器メーカーが化粧品業界に進出 |
強み | 既存のリソースと顧客基盤の利用可能 | サプライチェーンのコントロール向上 | 高い競争優位と顧客ロイヤリティの構築 | 新市場における大きな成長機会 |
リスク | 市場の飽和や競争の激化 | 事業領域外の問題に対処する必要性 | 市場の変動や需要の減少に対する脆弱性 | 高いリスクと資源の大量投資 |
多角化戦略には、異なるタイプがあり、それぞれに強みやリスクがあります。
ここでは、代表的な多角化戦略のタイプを4つご紹介します。
1.水平型多角化戦略
水平型多角化戦略とは、同じまたは関連する業界に、新しい製品やサービスを開発・提供する戦略です。
この戦略の目的は、既存の顧客基盤や技術を活用し、新たな収益源を生み出すことにあります。
たとえば、ある食品会社が既存事業とは別の食品の市場に進出することは、水平型多角化の一例です。
2.垂直型多角化戦略
垂直型多角化戦略とは、供給チェーンの異なる段階に進出することにより、コスト削減や効率向上を図る戦略です。
原材料の調達や共有を行う上流や、製品の販売を行う下流の活動に参入することで、企業は各工程を管理や改善し大きな利益を得る可能性があります。
3.集中型多角化戦略
集中型多角化戦略とは、特定の市場セグメントやニッチ市場に集中する戦略です。
この戦略の目的は、特定の顧客層や特殊なニーズに特化することで、競争優位を築くことにあります。
たとえば、高級品市場に特化することは集中型多角化の一例と言えます。
4.集成型多角化戦略
集成型多角化戦略は、企業が完全に新しい業界に進出する戦略です。
4つのタイプの中で最も挑戦的な戦略であり、大きなリスクを伴う反面、成功すれば大きな利益をもたらす可能性があります。
たとえば、電子機器メーカーが化粧品分野に進出するケースなどが挙げられます。
多角化戦略の進め方5ステップ
次に、多角化戦略の進め方を5つのステップに分けて紹介します。
1.市場と機会を分析する
多角化戦略は、市場と事業機会の分析から始まります。
たとえば市場のサイズや成長率を確認したり、競合状況を把握したり、顧客ニーズの調査や評価といった活動が含まれます。
これらの情報は、戦略の方向性を決定する上で不可欠です。
2.内部能力と資源を評価する
次に、企業の内部能力と利用可能な資源を評価します。
新しい事業領域に進出するためには、もちろん人材や技術、その他の資源が必要です。
これらの資源がどれほど存在するのか、またどのような技術や人材がいるのかを評価しましょう。
3.具体的な戦略を策定する
次に、市場分析と内部評価に基づいて、具体的な多角化戦略を策定していきます。
具体的には、分析した市場の中から目標とする市場を選定したり、進出方法やタイミングを検討したり、どれだけの資源を割り当てるか調整しましょう。
4.リスク軽減のための計画を立てる
次に、リスク管理を行います。
多角化戦略はリスクを伴うことが前提なので、事前にリスクを特定し、それらを軽減するための計画を立てましょう。
また実行後も市場は変動し続けるので、変動に合わせて対応できるように計画は柔軟に保つ必要があります。
5.実行後は、定期的なチェックと調整を行う
準備ができたら戦略の実行に移ります。しかし、新しい市場へ進出するのに最初から上手くいく可能性は低いでしょう。
そこで、進行状況を定期的に確認し、必要に応じて戦略やリソースを調整しましょう。
多角化戦略を成功させるための4つのポイント
次に、多角化戦略を成功させるためのポイントを4つご紹介します。
多角化戦略を成功させるためには、市場の理解や、明確な目標と計画、適切なリソース配分、組織の柔軟性と適応力が重要です。
これらのポイントを意識することで、多角化戦略は、企業の成長と持続可能性を支える強力な手段となり得ます。
1.市場や競合の理解を徹底する
多角化戦略の成功には、対象市場のニーズ、動向、競合状況を徹底的に理解することが不可欠です。
市場調査を基に、適切な市場セグメントと戦略を選定することで事業のポテンシャルを最大化することができます。
2.明確な目標と計画を設定する
多角化戦略には、明確な目標と実行計画が必要です。
実行してすぐに成功とはいかないので、目標に基づいて段階的な行動計画を策定し、実行後も状況を追跡しましょう。
3.適切なリソース配分を探る
リソースを効果的に配分することが、多角化戦略の成功には欠かせません。
資金、人材、技術などのリソースを新しい事業に配分する際には、既存事業への影響を最小限に抑えつつ、新事業の成長を支援するバランスを探りましょう。
4.学びを大事にして柔軟な組織を作る
市場の変化に対応するためには、組織の柔軟性が重要です。
変化や問題は必ず発生するので、それらの機械や学びを大切にして、骨太で柔軟な組織を作ることを心掛けましょう。
多角化戦略を行う際の4つの注意点
次に、多角化戦略を行う際の注意点を4つご紹介します。
多角化戦略を実行する際には、過度の事業拡散を避け、組織文化との整合性を考慮し、市場を正確に理解し、短期的な利益追求に囚われないことが重要です。
これらの点に注意を払いながら、戦略的かつ計画的に進めることが成功への近道です。
1.過度なリソースの拡散を避ける
多角化を行う際に、多くの事業に手を広げすぎると、それぞれに割り当てるリソースが不足し、経営自体が困難になる恐れがあります。
事業領域を選定する際には、企業が持つリソースの量や、コアコンピテンスとの整合性を考慮し、適切な範囲で行いましょう。
2.組織文化の衝突を避ける
新しい事業領域が既存事業の領域から遠い場合には、異なる文化が形成される可能性があり、進出の際に異なる文化が衝突する可能性があります。
このような衝突は、組織内の混乱や、モチベーションや生産性の低下につながる恐れがあるため、新規事業が企業文化に適合するかを慎重に評価しましょう。
3.市場の誤解に気を付ける
市場のニーズや状況を誤解することは、多角化戦略の失敗に直結します。
これを避けるためには、企業の一次情報や政府が提供する情報など、信頼できる情報を参照したり、定量・定性の両面から調査を行ったり、実際にフィールドワークを行うなどが有効です。
4.短期的な利益追求を避ける
多角化戦略を行うさいには、短期的な利益追求を避けて、長期的な視点で考えるべきです。
短期的な利益追求に囚われると、長期的な成長機会を見逃す恐れや、リスク分散のための多角化が経営にリスクをもたらす可能性があるため、長期的な視点で、持続可能な成長を目指しましょう。
多角化戦略に関するよくあるご質問
多角化戦略でお悩みの方に役立つQ&Aをまとめています。
Q.多角化戦略を支える組織構造の変革は必要か?
A.多角化戦略を効果的に実施するためには、適切な組織構造の整備が必要です。例えば、事業部制やマトリックス組織を導入することで、異なる事業間のシナジーを最大化できます。
Q.多角化戦略を進める際の資本調達方法は?
A.新たな事業への投資を支えるために、資本調達が重要です。内部留保、銀行借入、株式発行など、さまざまな資金調達手段を組み合わせることで、安定した資金供給を確保しましょう。
Q.多角化戦略の実行によるブランドへの影響は?
A.多角化戦略が企業のブランドイメージに与える影響は、ポジティブにもネガティブにもなり得ます。新事業がブランドイメージを強化する場合もあれば、ブランドが分散しすぎるリスクもあります。
Q.多角化戦略における市場分析の重要性は?
A.多角化戦略の成功には、進出予定の新市場の綿密な分析が不可欠です。市場規模、成長性、競争環境などを総合的に評価し、参入の可否を判断します。
Q.多角化戦略を進める際のステークホルダーとのコミュニケーションは?
A.多角化戦略の成功には、ステークホルダーとの良好なコミュニケーションが不可欠です。特に、株主、従業員、取引先との信頼関係を構築し、新戦略に対する理解と支持を得ることが重要です。
まとめ
本記事では、企業の成長戦略の一つである多角化戦略について紹介しました。
多角化戦略とは、新たな市場や製品領域への進出を通じて、事業のリスクを分散し、収益の源泉を多様化する方法です。
しかし、この戦略は、経営の複雑化やリソースの過度な分散などのリスクも伴います。
多角化戦略のメリットとして、事業リスクの分散、新市場での成長機会、事業間のシナジー効果などを期待できる一方で、デメリットとして経営の複雑化、リソースの分散、企業文化の衝突の可能性があります。
多角化戦略を成功させるためには、市場の深い理解、明確な目標と計画、適切なリソース配分、組織の柔軟性と適応力が重要であり、実行する際には、過度の事業拡散の回避、組織文化との整合性、市場の正確な理解、短期的な利益追求からの避けるなどの点に注意する必要があります。
これらのポイントに気を付けて実行することで多角化戦略は企業の成長と持続可能性のための強力な手段となるでしょう。
また、実行の際には本記事で紹介した情報が一助となれば幸いです。