ランチェスター戦略とは、もともと軍事戦略の分野で発展した理論で、その法則は現代のビジネスにも応用されています。
この理論は、市場内での企業の相対的な強さを量的な要素(例えば市場占有率や資源の規模)と質的な要素(例えば製品の品質や技術力)から評価し、それに基づいた戦略を立案するために用います。
この理論を適用することで、企業は市場での競争優位を獲得し、持続可能な成長を目指すことができます。
そこで本記事では、ランチェスター戦略の基本的な理論や、「強者」と「弱者」が市場でどのように異なる戦略を採用するべきかに焦点を当て、具体例を交えて解説します。
ランチェスター戦略とは
ランチェスター戦略とは、軍事戦略の理論として生み出され、現代ではビジネス戦略の分野で活用される理論です。
この理論では、戦力の量(人数や装備の数)と質(訓練や技術)に着目し、それらがどのように勝敗に影響するかを数学的に説明しています。
そしてビジネスにおいても、社員数、設備、資金などの量的な要素と、知識や技術といった質的な要素に置き換えることで、どのように市場での競争優位性を獲得していくかを検討するために用いられています。
ランチェスター戦略の歴史と背景
ランチェスター戦略は元々、第一次世界大戦中にイギリスのエンジニア、フレデリック・ランチェスター氏が提唱した軍事戦略の理論です。
主な概念と法則は以下のとおりです。
ランチェスター戦略の主な概念
ランチェスター戦略の主な概念は、下記3つのポイントから作られています。
1.数が多い方が有利である
数が多い方が有利で、大規模な戦闘になるほどこの効果が高まります。
2.結果は戦力の質にも左右される
数的優位だけでなく、兵士や装備の質や訓練水準は数的不利を補うことができます。
3.集中と分散のバランスも重要である
戦力を集中することにより局所的な優位を作り出すことができます。しかし、戦力を過度に集中してしまうと、敵の攻撃に対して脆弱になるリスクもあります。
ランチェスター戦略2つの法則
ランチェスター戦略には、2つの法則があります。
シチュエーションに応じて2つの法則を使い分けることで、より正確に戦況を分析することができます。
ランチェスターの線形法則(第一法則)
ランチェスター戦略の線形法則とは、敵と味方が一対一で戦うような小規模な戦闘(状況)に近いときに用いられる法則です。
戦力を分析するための数式は以下のとおりです。
戦力 = 装備 × 人数
A軍の戦力 = 1 × 7人 = 7
B軍の戦力 = 1 × 4人 = 4
7(A軍の戦力) – 4(B軍の戦力) = 3(A軍の戦力が3上回る)
つまり、「同じ装備で戦う限り、人数が多い方が勝る」というシンプルな法則です。
ここでいう装備とは、ビジネスにおいては「製品の品質や技術力」などの質的要素を指します。
そして人数とは、人的資源のみを指すのではなく、市場占有率やその他資源の規模も含まれます。
ランチェスターの二乗の法則(第二法則)
第二法則は、戦力の高い一方が集団で戦う実践的なシナリオを想定した法則です。
大規模な戦闘を想定している点が、一対一を想定した第一法則とは異なります。
また、戦力と結果の考え方も異なり、集団で戦う場合には数が多い側が圧倒的に優位で、結果は人数の二乗に比例するというものです。
数式は以下のようになります。
戦力 = 装備 × 人数 ²
これを先ほどの例に当てはめると以下のようになります。
A軍の戦力 = 1 × (7人)² = 49
B軍の戦力 = 1 × (4人)² = 16
49(A軍の戦力) – 16(B軍の戦力) = 33(A軍の戦力が33上回る)
このように集団で戦う場合には数量の多さが優劣に大きく影響します。
これをビジネスに応用すると、小規模な企業が、圧倒的に人員の数が多い競合企業を倒すには、相応の装備を揃えたり、競合の少ない市場で戦うなどの必要性が出てくるわけです。
まずランチェスター戦略をビジネスに応用した際のメリットから見ていきましょう。
ランチェスター戦略はビジネスに応用できる
ここまで軍事戦略としてのランチェスター戦略の背景を説明しましたが、これらの概念や法則はビジネスにも応用することができます。
ランチェスター戦略をビジネスに応用する3つのメリット
ランチェスター戦略をビジネスに応用することで企業は以下のようなメリットを得ることができます。
1.競合との差を数値化できる
ランチェスター戦略の第一法則、第二法則の計算式を用いることで、競合との相対的な差を数値で評価することができます。
たとえば、市場シェア、販売力、広告効果など、様々なビジネス指標を基に、競合他社と自社との力の差を客観的に見積もることで、企業は自社の競争力を具体的な数値で捉えることが可能となります。
また数値化した情報は、市場動向や競争状況の変化に応じて戦略を調整する際の基準にもなります。
2.競争戦略を明確化できる
ランチェスター戦略を活用することで、競合との差が明確になるため、効果的な競争戦略を立案することが可能となります。
企業は自社の強みと弱みを客観的に把握し、市場における競争リスクを低減するための戦略を策定できます。
また、競争戦略の明確化は、投資やリソース配分に関する意思決定プロセスにも明確な指針も提供します。
3.弱者が強者を倒すためのヒントを得ることもできる
ランチェスター戦略を用いることで、小規模企業や新興企業が大手企業と競争する際に、自らの戦略的優位性を確立するヒントを得ることができます。
たとえば市場での弱者が選択と集中を行い、特定のセグメントやニッチ市場で戦うことで、局所的には強者に勝る可能性が生まれます。
強者の戦略と弱者の戦略
次にランチェスター戦略に登場する「強者」と「弱者」の戦略について説明します。
市場における企業の相対的な強さに基づいて異なる戦略を採用することがランチェスター戦略の本懐なのでしっかりと押さえておきましょう。
強者の戦略
ランチェスター戦略で登場する「強者」とは、市場の占有率が高く、資金・人材・技術などの豊富な資源を有しており、市場や業界における影響の大きい企業を指します。
また占有率を計算する際には、業界No.1の企業を強者と定義する場合もあります。
これら「質」と「量」の両面で他を凌駕する強者の基本的な戦略には以下のようなものがあります。
資源を活用した戦い
前述で紹介した第二法則のように、戦いでは数がものをいうことが多いです。
そして強者は数と質の両面で弱者に勝っているため、この資源を最大限に活用すること自体が非常に効果的な戦略となります。
市場で高い占有率を獲得できている場合には、内部の資源や事業を評価し、ポートフォリオを最適化しましょう。
広範囲の戦い
資源が豊富な強者には、広範囲な戦いも向いています。
資源を活用した、広告、プロモーション、販売チャンネルの拡大などの投資を行うことで市場の広範な支配を目指しましょう。
多様化戦略
他にも強者は、製品ラインナップを増やすことで消費者の新たなニーズに応え、市場を広げていくことも可能です。
資源が限られている弱者にとっては高コストかつリスクが大きいので選択しづらい戦略です。
価格競争
強者は資源が豊富なだけでなく、仕入れ先などのパートナーに対して規模の経済を活かした交渉を行ったり、製造ラインやバリューチェーンを最適化することで価格競争を行うことも可能です。
競合に対しての優位性を勝ち取ったり、新たな競合他社や代替品の市場参入を阻止することができます。
ミート戦略
数的な優位を築いている強者は、弱者のニッチ戦略や差別化戦略に対して、それらを模倣する2番手戦略(ミート戦略)を行うこともできます。
商品やサービスの質を同等まで高めることができれば、元々数的な優位はあるので大勝する可能性が高まります。
優位だからと言ってなんでも模倣すればよいというわけではなく、ニッチすぎる市場ではコストが利益を上回る可能性もあるので、市場や競合の分析も行いましょう。
これらのように、資源の豊富さで圧倒的優位に立つ強者は、様々な戦略を実行することができるのです。
弱者の戦略
次に「弱者」について説明します。
ランチェスター戦略における「弱者」とは「強者」の逆で、市場の占有率が低く、資金や人的資源が限られており、市場や業界への影響力が小さい企業を指します。
ニッチ市場を選択する
弱者は、大企業が見落としているニッチな市場や特定のセグメントにフォーカスして商品やサービスを提供することが有効です。
戦いを避けて、特定の課題やニーズに特化して対応しましょう。
選択と集中を行う
弱者の資源は限られており、それらを効率的に活用することは勝利をつかむ必須の条件です。
自社の資源を客観的に評価し、それらを最も効果的に使用することができる特定の市場セグメントや、特定の事業、または戦略的な活動などに集中することで、局所的な競争優位を築きましょう。
迅速な対応で機会を掴む
小規模な企業は、一般的に意思決定や行動にかかるスピードが大企業より早いです。
外部環境の変化や、市場で新たに生まれたニーズに対して強みであるスピードを発揮することで、大企業より早く機会を掴み、優位性を築ける可能性があります。
ランチェスター戦略3つの注意点
最後にランチェスター戦略を実施する際の注意点を3つご紹介します。
1.戦況を単純化し数的に把握するためのもの
ランチェスター戦略は、企業が現状保有する質と量に焦点を当てることで、戦況を単純化し把握する理論です。
したがって、以下のような定性的な価値を持つ内部資源や、変化する外部環境などの視点は含まれません。
定性的な人的要素:指揮、創造性、リーダーシップなど
変化する環境的要素:市場の動向、経済の変化、技術の進歩、新しい法律など
現実の市場で競争優位性を築くためには、外部環境分析や内部環境分析を行うための他フレームワークとの併用をお勧めします。
2.小さな市場では機能しない可能性がある
ランチェスター戦略は、強者と弱者が存在して初めて成り立つ理論です。需要やプレーヤーの数が少ないニッチな市場では、No.1企業とその他の企業の差が小さいことがあります。
このような場合にも厳密には数的優位は存在しますが、少ない機会に対して質を高め量を増やすにしても限界があります。
また、必ずしも質や量の勝負が有利とも限らず、意思決定や実行・改善のスピードがものをいう可能性もあります。
このように、ランチェスター戦略は小さな市場では十分に機能しない可能性があるので注意しましょう。
3.あくまでも強者は有利である
ランチェスター戦略には、小が大を制すイメージを持たれている方もいるのではないでしょうか。
これは前述のとおり、選択と集中を行い局所戦を制するという意味では正しいと思います。
しかし、強者は強者の戦い方を実行する限り、局所戦を勝ち抜いたからと言って速やかに戦況が有利に傾くということはありません。
数的優位を覆すのは容易ではないことも認識しておきましょう。
まとめ
この記事では、ランチェスター戦略の基本原則とそのビジネスへの応用について掘り下げました。
ランチェスター戦略とは、元々軍事戦略の理論であり、現代ではビジネスに応用されています。
市場での「強者」と「弱者」が採用すべき戦略は大きく異なり、それぞれが自社の立場と資源に応じた適切なアプローチを取ることが重要です。強者はその資源の豊富さを活用することで優位を築くことができ、逆に弱者はニッチ市場の掘り起こしや革新を通じて競争に打ち勝つこともできます。
ランチェスター戦略はあくまでも戦況を分析するひとつのツールであり、戦略の適用には、外部環境、市場分析、競争環境の理解、自社の強みと弱みを把握することも重要なので、積極的に他のフレームワークも活用しましょう。
また必ずしも、強者だから広範囲で戦わなければいけない、弱者だからニッチ市場で戦わなければならないということではないので注意しましょう。
しかし、強者なりの、弱者なりの戦略を実行することで市場での競争優位の獲得を目指したり、持続可能な成長を目指すためのヒントになると思いますので、これを機に自社に合った戦略を検討してみましょう。
そして検討の際にはこの記事で紹介した情報が一助となれば幸いです。