企業の経費の中でも多くの割合を占めるのが人件費ですが、無駄に人件費を拠出していることに気づかず、損をしている企業が多く見受けられます。
このような中で次のような悩みをもつ財務・経理部門担当の方は多いのではないでしょうか。
- 「会社の人件費を削減したい」
- 「人件費削減時の注意すべき点について知りたい」
- 「人件費を削減して生産性の高い組織にしたい」
しかし、業務効率化することを中心に、日常業務の見直しと改善を適切に行えば、安全なコスト削減を行うことができます。
そこで本記事では、企業における人件費削減の方法や、失敗しないために注意すべきポイントなどについて詳しく解説していきます。
この記事を最後まで読むことで、企業における人件費削減の方法について理解し、自社組織の労働生産性向上に向けた取り組みを推進できるようになります。
人件費削減とは、雇用に関して発生する費用を削減すること
人件費削減とは、企業の経費のうち、労働に対して支払われる給与や各種手当てなどの費用を削減することを指します。
人件費には主に以下のものがあります。
- 給与
- ボーナス
- 社会保険料、労働保険費用などの法定福利費
- 福利厚生費
- 退職費
- 旅費交通費
- 外注費
参考:労働分配率とは?計算方法や適正な人件費、業種別の平均目安を考える | クラウド会計ソフト マネーフォワード
人件費を下げることによって、給与以外の経費を削減できたり、浮いた人件費を設備投資や外注費に回したりできるメリットがあります。
他にも、経費を抑えることができれば、企業利益を黒字にすることも可能なので、銀行からの評価が上がるというメリットにも繋がります。
人件費削減の対象範囲
人件費には次の3つのカテゴリーが存在します。
項目 | 該当する人件費の例 |
---|---|
制度設計でコントロール可能な人件費 | ・所定時間内賃金 ・所定時間外賃金 |
会社がコントロールできる人件費 | ・教育研修費 ・人材採用費 |
会社がコントロールできない人件費 | ・社会保険料 ・労働保険料 |
会社がコントロールできる人件費
会社側でコントロールできる人件費は、教育研修費や人材採用費などが挙げられます。
- 教育研修費・・・業務に直接必要な技能または知識の習得や研修等に要する費用。
- 人材採用費・・・採用のための広告運用にかかる費用。
こちらは企業の努力次第でコストを削減することができます。
教育研修費に関しては、研修受講対象者が多い場合には、パソコンとインターネット環境が揃っていれば受講できるオンライン研修の導入がおすすめです。
外部セミナーなどと異なり、1人あたりの金額を下げることができるため、大幅なコスト削減が見込めます。
また、人材採用費に関しては、求人エージェントや媒体を活用するだけでなく、社員の紹介によって入社させるリファラル採用を活用するなどして、コスト削減が見込めます。
会社がコントロールできない人件費
会社側でコントロールできない人件費というのは、社会保険料や労働保険料などの事業主負担にかかる人件費です。
- 社会保険料・・・健康保険、厚生年金保険、介護保険、雇用保険などにかかる保険料の総称。
- 労働保険料・・・労災保険料と雇用保険料の総称であり、雇用主が労働者に支払う賃金の総額と保険料率から算定される。
法律によって定められた料率に乗じた金額を支払う義務があるため、削減しようとすることは不可です。
制度設計でコントロール可能な人件費
制度設計でコントロール可能な人件費には、従業員の退職費用や所定時間内賃金や所定時間外賃金などがあります。
- 所定時間内賃金・・・基本給に加え、継続的に支給される諸手当(例: 家族手当、営業手当等)
- 所定時間外賃金・・・残業に対する割増賃金。
上記のような費用は、会社の制度設計を臨機応変に変えることで費用をコントロールすることができます。
年功序列の仕組みではなく成果主義にすることで効果的で柔軟な人件費管理ができます。
また、所定時間外賃金は、従業員の休日出勤や残業時間を減らすような業務の効率化や人材配置で費用を抑えられるでしょう。
退職金についても、退職金制度をどのようにするかでコントロールは可能です。
しかし、そもそも制度を変更してまで削減すべき費用であるのか、またその結果リスクにならないかを検討した上で実施することが必要です。
人件費削減をするための方法5つ
人件費の削減をするための方法として、会社全体で行う方法と個人単位で行う方法の2種類あります。
それぞれ見ていきましょう。
会社全体で行う方法
まず、会社全体で人件費削減を行う方法には、以下のものがあります。
- アウトソーシングやクラウドシステムの導入
- スタッフの教育による生産性の向上
- 採用の抑制や停止、賃金やボーナスカット
アウトソーシングやクラウドシステムの導入
たとえば事務作業や電話対応などの売上には直接関与しないが企業にとって必要な業務を外注することによって大幅に人件費削減できる場合があります。
また、業務の効率化を図ることで必要な人件費を抑える方法としては、クラウドツールやシステムを導入する方法があります。
業務量が多いために起こる時間外労働がある場合には、何かしら業務の効率化ができれば削減できる可能性があります。
ツールを導入すればすぐに終わるような入力作業を手入力で行っていたり、文書を紙で管理していたりなど、働く従業員にとっても企業側にとっても負担でしかない業務は、システムの導入を検討しましょう。
参考:人件費は経費にできる?節税効果や人件費削減方法・勘定科目も解説! | クラウド会計ソフト マネーフォワード
スタッフの教育による生産性の向上
スタッフ教育を徹底し、生産性を向上する方法もあります。
すでに残業が発生しているような現場であれば、OJTやOFF-JTなどのトレーニングにより、スタッフのスキルを伸ばし、業務効率を高めることにより、少ない時間の中で高い成果創出に繋げられます。
スタッフに支払う残業代は通常の賃金よりも高くなるため、このようなスタッフ教育が結果として費用対効果を高めることになります。
採用の抑制や停止、賃金やボーナスカット
他の手段に、採用を抑制したり停止したり、賃金やボーナスカットなどをする方法もあります。
しかし、会社側の一方的な決定による給与の減額は、労働条件の不利益変更として労働契約法上認められていません。
参考:給料の減額は違法?関連する法律や減給の手続きについて解説! | 給与計算ソフト マネーフォワード クラウド
また、このやり方は先にも述べたように現場の混乱を招いたり、従業員からの信用を失ったりなどのリスクを伴う可能性が高いです。
労働契約法上問題がない場合でも、よっぽどの理由がない限り給与カットは避けるべきです。
個人単位で行う方法
個人単位で人件費の削減をするためには、残業代を削減したり見直したり、人員配置転換による生産性の向上を図ったりする方法があります。
残業代の削減
会社全体の残業代を削減するためには、個人の残業代を削減することが必要です。
個人の残業が発生する理由はさまざま存在しますが、主に次の2つが該当します。
- 作業難易度の高さ
- 労働時間の把握
はじめに作業難易度の高さについては、会社が実施する研修プログラムに参加するだけでなく、個々人でのインプットも大切です。
関連書籍を読んだり、日々の業務内容へのキャッチアップも自身で進めることが求められます。
次に、労働時間が把握できていない状況です。
会社の勤務時間が決まっていても、リモートワーク環境下ではチャイムなどが導入されていなかったり、周囲に同僚がいないことから、終業時間がすぎていても業務終了時刻に気づかないということは十分に起こり得ます。
このような状況を避けるために、作業時間終了を知らせるアラームを設定したり、チームメンバーとのコミュニケーション頻度を高めることを意識しましょう。
また、残業ありきの業務体制が常態化している場合もあるので、残業時間の見直しや時間外労働に関するルールの見直しなどを行っていきましょう。
上記のように、従業員の意識と社内ルールを整備することで残業時間の発生を抑止することが可能です。結果として残業代の削減に繋がります。
業務フローや社内ナレッジの整備
社員1人1人の生産性向上により、少ない人件費の中で業務を行うことができるようになります。
生産性を向上するためには、主に次の2つがあります。
- ナレッジベースの作成
- ワークフローの見直し
ナレッジベースとは、業務手順書や業務で必要となる情報を集めたデータベースです。
個人で行う業務のポイントや情報を整理し蓄積することにより、次の担当者に円滑に業務引き継ぎが行え流だけでなく、業務の成果品質の再現性も高くなります。
次に、ワークフローの見直しも大切です。
自身が業務を進める時の手順や方法や書き出し、それぞれの作業ポイントで最も効率的な方法を実践するようにしましょう。
また不要な作業を排除することでそもそもの作業時間を短縮できるようになります。
人件費削減をするべき企業の特徴3つ
できるだけ人件費がかからないのがもちろんいいのですが、特に人件費を削減するべきケースには以下のものが挙げられます。
- 人件費率が市場数値を上回っている企業
- 資金調達で決算書の見栄えを良くしたい企業
- 人件費率は良好でも販管費率が相場より高い企業
それぞれ解説していきます。
人件費率が市場数値を上回っている企業
業界やサービスごとに人件費率の相場があり、この数値を上回っている企業はコストがかかりすぎていることが多いといえます。
目安としては、以下の人件費率があります。
- 卸売業:5~20%
- 小売業:10~30%
- 建設業:15~30%
- 宿泊業:約30%
- 飲食業:30~40%
- サービス業:40~60%
人件費率は、人件費÷売上高×100で割り出すことができます。
たとえば、人件費が40万円、売上高が100万円であれば、人件費率は40%となります。
このように、人件費率が市場相場よりも高い企業であれば、余計な人件費を支払っている可能性が高く、人件費削減がうまく機能する可能性が高くなります。
資金調達で決算書の見栄えを良くしたい企業
あくまで一時的にすぎませんが、利益の上がっている事業として決算書の見栄えを良くする際に有効となります。
決算書内の経費を抑えることで、数字上、企業利益を黒字化できます。
例えば、新しい投資ラウンドを前にしているスタートアップ企業では、人件費を一時的に削減することで決算書を良く見せることができます。
資金調達や融資継続のための一時的な手法として覚えておいて損はないでしょう。
人件費率は良好でも販管費率が相場より高い企業
売上販管費比率が市場相場を上回っている場合には、経費削減が必要です。
売上販管費率とは、販管費といわれる販売費および一般管理費が売上高に占める比率のことをいいます。
販管費は、売上高に関連して生じる変動費、賃借料など売上に直接関与しない固定費、経営方針によって決まる制作費などがあります。
この中でも固定費が高くなる傾向にあるため、人件費率としては良好でも販管費率が相場より高ければ、経費を削減していきたいです。
業界や企業規模によっても変わりますが、全業界の販管費率平均値は約23%ほどとなっています。目安として、販管費率が相場である23%よりも高い企業は人件費を削減すべきです。
例えば、小売業者で賃借料や広告宣伝費が高く販管費率が相場を上回っている場合、賃貸契約の見直しや広告費の削減に加え、営業時間の短縮や役員報酬の一時的な削減などを検討することができます。これにより、全体の販管費を適正範囲に戻すことが可能になります。
人件費削減で失敗しないためのポイント
人件費の削減で失敗しないためのポイントは以下の2つがあります。
- 人手不足にならないために業務効率化を積極的に行う
- 段階的に人件費削減を進める
それぞれ具体的に見ていきましょう。
人手不足にならないために業務効率化を積極的に行う
人手不足に陥らず人件費を削減するためには、業務を効率化することが大切です。
仮に今まで5人で運営してきていたものを3人で回すとなった場合には、3人それぞれに重く負担がかかることになります。
システムやツールを導入したり、もっと効率的に業務を遂行できないかどうか検討したりすることが必要です。
段階的に人件費削減を進める
一気に大幅な人件費削減を図ると、引き継ぎ不足や急な人員不足により混乱を招く恐れがあるため、段階的に行う必要があります。
まずは、業務内容を整理し、優先順位をつけることで不要な業務を見直し、削減することで適切な人員配置ができ、人件費削減を少しずつ段階的に進めることができます。
人件費削減をする際の注意点
人件費の削減をする際に注意すべき点があります。これらに注意せずに削減に踏み切ってしまうことで起こるリスクについて見ていきましょう。
- リストラや給料カットによる従業員のモチベーション低下リスク
- 企業イメージ悪化のリスク
- 労働条件変更
それぞれ解説します。
リストラや給料カットによる従業員のモチベーション低下リスク
人件費を削減するというとイメージしやすいのはリストラや給料カットですが、方法としては適切とはいえません。
リストラや給与カットは従業員のモチベーションが下がって業務効率が落ちたり、離職により人手不足になったりする可能性が高く、長期的に見ていいことがありません。
業務量は変わらないのに人が減れば、ひとりひとりの負担も増えます。
そのため、リストラと給料カットだけは避けましょう。
このような状況下で社員のモチベーションを維持するために裁量のあるポジションにアサインしたり、会社の方向性を熱心に伝えることが経営層には求められます。
企業イメージ悪化のリスク
SNS、インターネットの普及によって、企業の経費削減の内容などが転職サイトやSNSに投稿されるなどして企業の外的なイメージ・評判を悪化させるリスクが上がっています。
労働環境の過酷さや対応の悪さなどの悪評は、たったひとりの従業員の数百文字の発信で一気に拡散されます。
企業のイメージが悪くなることで、採用活動にも影響が出ますし、取引先の企業との関係も悪化してしまう可能性もあります。
多方面で大きなマイナスイメージが定着してしまうリスクがあるため、人件費削減に関して大きな注意が必要です。
労働条件を一方的に変更することは許されない
基本的には、労働条件の変更を会社が一方的に行うことはできません。
「使用者と労働者の合意によって労働契約の内容である労働条件を変更できる」(労働契約法8条)に基づいて契約をする必要性があります。
参考:労働契約(契約の締結、労働条件の変更、解雇等)に関する法令・ルール |厚生労働省
経営状況が厳しくなったからといって人件費の削減を労働者の合意なく勝手に行うことはできません。
もし労働条件を変更したいのであれば、以下のような方法をとる必要があります。
- 従業員の同意を得ること
- 就業規則を変更すること
- 労働協約を変更すること
社会保険労務士からのアドバイス
社会保険労務士法人HR.A 川田茉依
労働条件を変更すること自体が法律上問題があるというわけではありません。
しかし、手順を守って従業員の同意を得ながら適切に行わなければ、労働条件の変更(特に給与に関わる部分は)労働問題に発展する可能性が大変高いです。
そのため、弁護士や社会保険労務士、公共の場であれば都道府県にある相談窓口、労働基準監督署などの専門家に事前に相談して行うのがおすすめです。
まとめ
企業の人件費削減はすぐに実行できるものではなく、業務内容の整理・見直しを行うなど時間がかかるものです。
また、トラブルに発展しないよう多大な注意も必要です。
具体的には、以下のような点に注意が必要です。
- リストラや給料カットのみは避ける
- 従業員のモチベーション低下リスク
- 企業イメージ悪化のリスク
- 労働条件変更など
ただし、適切な人件費の削減は業務を効率化させるなど経営を改善できる可能性も高いです。
いきなりばっさりと人件費削減をするのではなく、業務の見直しをしたり優先順位をつけたり慎重に行っていくことで成功に繋がりやすくなるでしょう。
アドバイザー
本記事の執筆にあたり、社会保険労務士の川田 茉依様に一部アドバイスをいただきました。
プロフィール:大学卒業後、婦人服の販売に携わっていたが、婦人服の販売に携わり、副店長職を経験。製造業を営む両親を見て育ったこともあり「事業を営む人の役に立ちたい」という想いで社会保険労務士に転身。社会保険労務士事務所へ入所後、助成金申請部門で申請業務をメインに業務に従事。その後、会社の税やお金に関する知識、人事・総務・経理業務の経験を積むため税理士法人に入所し、独立。現在はITやクラウドシステムを活用しながら、労務や経理・総務コンサルティングなど、管理部門の幅広い分野で企業をサポートしている。